世界のカジノリゾートとホテルの歴史

ギャンブルがカジノツーリズムという新たな旅行分野全体を生み出したと考えると、称賛に値することです。数年前までは、話題に上がることはあまり無かった分野ですが、今日では、数十億ドルの収益を生み出す一大産業へと成長しました。そしてその成長ぶりも、留まるところを知らないかのような業績でした。ただそれも、コロナ禍に襲われるまでのことであり、今では全体が不安定な状況となっています。

そんな状況ではありますが、有名なカジノスポットは今でもビッグビジネスであり、なんとか危機を乗り切り、大勢の人を引き寄せることに成功しています。奇抜ともいえるような超豪華なデザインあり、一夜にして億万長者になれるチャンスありのカジノですから、決して滅びることなどありません!

ですが、カジノはどこで、どのようにして始まったのでしょうか?今日の記事では、この疑問について取り組んで行こうと思います。

初代カジノの登場

娯楽と賞金の両方を目的としたギャンブルは、概念としては目新しいものではありません。私たちの祖先はこうしたゲームを使って、時間をつぶし、社会的な絆を深めていました。ただこれらはすべて、個人が小規模に集まって時々行っていた、散発性のアクティビティでした。

カジノという概念が最初に登場したのは、17世紀のヴェネツィアです。この街に、現在知られている中で最古の欧州型ギャンブルハウスがオープンしたのです。当時はカジノとはみなされていませんでしたが、近代的なカジノの定義には合致したものでした。

アメリカでは、こうした動きが出てきたのはヨーロッパより少し後でしたが、今も受け継がれるカジノの形式を最初に提供したのは、アメリカでした。1920年代と1930年代は、カジノというギャンブル業界にとっては厳しい時代でした。禁酒法により、カジノは非合法な立場に追いやられていたからです。

カジノへの関心が再び高まったのは、第二次大戦後、資金が流入するようになってからでした。

カジノでの休暇やリゾート

カジノでの休暇やリゾート

賢い実業家達はすぐにカジノ観光やギャンブルのもたらす経済力に注目し、巨額の投資を行い、街全体がカジノである「ギャンブル都市」の建設を支援するようになりました。

こうしたギャンブル都市として最も有名なのがネバダ州のラスベガスであることは言うまでもありませんが、他にもアメリカ第2位のギャンブル都市であるアトランティックシティなどが知られています。
ですが、ギャンブル都市はアメリカの発明ではなく、このモデルを採用している都市は世界中にたくさんあります。その中でも最も大きな都市が、中国のマカオです。マカオでは1850年代からギャンブルが合法化されており、現在この都市を訪れる観光客は、毎年約3,200万人に上っています。

世界にはこの他にも、パリ、モナコ、メルボルン、シドニーといった都市がこの時流に乗ろうとしています。国全体を見てみますと、日本は「カジノを国民に届ける」ことができるよう、カジノ合法化に向け奮闘している最中です。

カジノの将来

この話題を取り上げたのが昨年の今頃でしたら、状況は大きく違っていたでしょうし、カジノ業界についての予測も、はっきりと上昇の向きを指していたでしょう。新型コロナによる世界的なパンデミックにより、この業界全体が(他の多くの業界と同様に)不安定な状況に追い込まれてしまいました。

ですが、ギャンブルの常連客にとって、必ずしも悪いことばかりではありません。オンラインカジノのギャンブルは、コロナからプラスの影響を受けた数少ない産業の一つだからです。移動制限により、人々は自宅で過ごす時間が増え、そうなるとギャンブルの誘惑に負けてしまうこともある、というわけです。

そのため、世界中のカジノの将来について申し上げるなら、利益を得るための確実な方法は、オンライン上だと申し上げておきましょう。